ミヤジとにのちゃんのコラボを観れる日が来るなんて!
めちゃくちゃ感動~!
しかも、歌い始めてすぐ気づいたけど。ミヤジの声のぶっとさと声量に寄せれるポテンシャル、にのちゃんはありありのありなんで。
はぁー、ミヤジも歌いながらも嬉しそうだったのもなんか伝わってきたし。
にのちゃんも変にでしゃばることなく、リスペクトありきで自分の歌い方をゴリゴリ出さない。ちょうどいい具合に楽しそうに歌ってくれてたのも愛を感じて嬉しかった。
SNSでミヤジやエレカシのファンが
「ニノの歌ってるとこと初めてみたけど、うまい!」
「”今宵の月”いろんな人がカバーしたりコラボしてきたけど、一番良かった!」
とポストしてくれてるのを見て、ますます嬉しかった。
嵐が活動終了して、公の場所で堂々と一人で歌う姿をこんなにも早く見ることができて嬉しいよ。ほかのメンバーにもこういう日はくるのかわからないけど。
音楽が好きで、歌を歌うことが好きなにのちゃんが、外野からやいやい言われながらも休止中もずっとあきらめずに模索し続けてきたことが、こうして表舞台に繋がっていったんだと思う。
よかったね、にのちゃん!
ここからはちょっと自分の話です。
*1:
自分がエレカシに出会い。宮本浩次の声に出会ったのは、かれこれもう37年前くらい。
その頃は自分もまだ10代で、彼らもまだまだ小さなライブハウスでやっていて。
私はピーナッツ県のド田舎から大宮のライブハウスまで追っかけて見にいっていた。少ないときは自分と友達入れて5人くらいしかお客さんが入ってないときが多かった。徐々にライブをする箱が大きくなっていって、渋谷公会堂(1988年9月)でやることになってハラハラして。
そんなエレカシが、いきなり武道館でやるってことになって。武道館なのに3000人でライブしたのが1991年。すんごい空気の中でやったけど。それでも、どこでやっても歌う時の熱量はいつでもリミッターが外れたようなバカみたいにボリュームで発せられていて。雷に打たれるような凄まじさがあって。そもそも本当に歌がうまくなければ成立しないから、エレカシのライブは毎回痺れるような体験だった。
ポニーキャニオンに移籍して、テレビで歌う日が来くるころには自分はもう東京にもピーナッツ県にもいなくて、ライブを追っかけて観に行けなくなってたのだけど。
友達が「あんた、これは見届けないとだめじゃん。チケット取るから一緒に行こう」と誘ってくれて行けた、1998年の武道館。
前回の武道館を知ってるだけに、九段下の駅を降りて会場前についた時に外にいる人の多さに感無量だったこと。今でも懐かしく思い返します。MCで少しだけど普通にしゃべってることにびっくりしたり(笑)
しりあがり寿氏が描いてくれたTシャツと詩集。捨てられなくてまだ持ってるよ。
こんなおじさんになっても、レコード会社が変わっても、テレビに出ても、デビュー前とほとんど変わらないスタイルで、変わらず歌がうまくて独自の世界を突っ走ている宮次。尊敬します。
